一の市町村又は一の郡の全体が他の都道府県に編入されるとき(所属変更)も、都道府県の境界変更であり、前述のように法律によることとなる(昭和25年9月9日付け 自行発第203号)。
異なる都道府県に所属する市町村が廃止され、その区域に市町村が設置される場合は、関係する市町村・都道府県が、それぞれ議会の議決を経て申請し、総務大臣が定める(第7条第3項)。
従来、都道府県の境界を越える市町村の合体(複数の市町村を廃止して、その区域に新たに市町村を設置すること)にも、第6条第1項により、新たに制定される法律によるものとされていた(昭和28年6月29日付け 自行行発第195号)。
そのためもあり、2005年の長野県山口村と岐阜県中津川市との合併は、中津川市への編入という形をとることになった。 それを契機として、平成16年法律第57号による改正により、都道府県の境界にわたる市町村の境界変更の手続きと同様の簡易な手続きによることとされた。
明治政府の県名の決め方の一つの説として、明治時代のジャーナリストである宮武外骨の著書『府藩県制史』(1941年刊)が有名である。その中で、明治政府内の「永久不滅の賞罰的県名」として、「早い段階から官軍側に就いた『忠勤藩』の藩名は県名にされて、官軍側に就かなかった『朝敵藩』や、官軍側に就くのが遅かった『曖昧藩』の藩名は、一つも県名には残っていない。」と述べられている。
つまり、明治維新の時に薩長軍だった所は「都市名」を県名にされて、一方で薩長軍でなかった所は「郡名」を県名にされている、という説である。
藩の多くは、令制国一国を領する藩を除いて、城下町を藩の名称に用いる事が多かった。ただし、城は後に異名を付けられた為、現在も『府藩県制史』が書かれた当時も、城下町名がそのまま都市名となっている所も多いが、俗称では藩主の姓を称する所もあった。
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「朝敵藩」・「曖昧藩」とされた所は、城下町が所属する「郡」が、県名とされた所が多い。例えば、高松(高松藩)は香川郡から香川県、姫路(姫路藩)は飾磨郡から飾磨県、名古屋(尾張藩)は愛知郡から愛知県、水戸(水戸藩)は茨城郡から茨城県、仙台(仙台藩)は宮城郡から宮城県、盛岡(盛岡藩)は岩手郡から岩手県、となっている。
「朝敵藩」・「曖昧藩」などの城下町・門前町・港町においても、「都市名」が明治維新で改名された後に、県名にされている所も見られる。例えば、明治維新で徳川将軍家(第15代将軍の徳川慶喜)が移住した「朝敵藩」に分類される静岡(駿府)は安倍郡に属すが、「安倍県」ではなく「静岡県」にされている。
また、当初は「郡名」を県名にしたが、再設置で「都市名」が県名にされた所もある。例えば、福井は足羽郡に属するが、1881年の再設置では「足羽県」ではなく「福井県」にされている。この他にも、富山は新川郡に属するが、再設置で「新川県」から「富山県」に改名され、徳島は名東郡に属するが、再設置で「名東県」から「徳島県」に改名されている。
石川県のように、美川(現白山市)から金沢へ県庁が移った際に、「都市名」を取った「金沢県」の名称を改めて、「郡名」から「石川県」とした所もある。
九州の県は全て、「都市名」が県名にされている。また、山陰・山陽・四国の9県のうち、「朝敵藩」とされた3藩のうち高松藩・松江藩の属した2県は、それぞれ「郡名」を取って香川県・島根県とされた(ただし、松山藩の属した県は古事記由来の愛比売から愛媛県となっている)が、それ以外の6県は、「都市名」が県名にされている。
一方で、東北地方や関東地方には、「郡名」が県名にされた所が多く、意図的に県庁所在地や県名が変えられた所も多い。
それには、宮武外骨が主張する「永久不滅の賞罰的県名」論によれば、薩長(薩摩藩と長州藩)と、その支援に回った「忠勤藩」が多いとされる西日本に手厚く、逆に奥羽越列藩同盟の東北地方や、江戸幕府のお膝元であった関東地方には、冷たく臨んだということになる。