ペンサコラ (USS Pensacola, CL/CA-24) は、アメリカ海軍の重巡洋艦。ペンサコラ級重巡洋艦の1番艦。艦名はフロリダ州ペンサコラに因んで命名された。その名を持つ艦としては3隻目。本艦は東京ローズから「グレイゴースト(灰色の幽霊)」と呼ばれた。
艦歴
ペンサコラは1926年10月27日にニューヨーク海軍工廠で起工し、1929年4月25日にジョセフ・L・セリグマン夫人によって命名、進水、1930年2月6日に艦長アルフレッド・G・ハウ大佐の指揮下就役した。
就役後1930年3月24日にニューヨークを出航したペンサコラはパナマ運河を通過してペルーのカヤオおよびチリのバルパライソを訪問し、6月5日にニューヨークに帰還した。続く4年にわたって東海岸およびカリブ海で活動し、しばしばパナマ運河を通過しカリフォルニアからハワイで実施された共同の艦隊演習に参加した。
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ペンサコラは1935年1月15日にノーフォークを出航し、1月30日に新たな母港のサンディエゴに到着、太平洋艦隊に合流する。ハワイ沖での艦隊演習に参加し、アラスカ海域まで巡航、しばしば行われた統合艦隊演習ではカリブ海を訪れ、1939年10月5日に真珠湾に向けて出航、12日に到着した。演習ではミッドウェー島やフレンチフリゲート瀬を訪れ、グアムまでの巡航も行った。
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ペンサコラは8月3日にアラスカ州エイダックに向けて出航、終戦時は同地で停泊中であった。8月31日に第5巡洋艦隊と共に出航し、大湊に向かう。9月8日に大湊沖に停泊した。
戦後
ペンサコラは11月14日に大湊を出航し、硫黄島で200名の帰還兵を乗艦させた後、真珠湾を経由して12月3日にカリフォルニア州サンフランシスコに到着した。その5日後、グアム島のアプラ港に向けて出航、同地で約700名の帰還兵を乗せ、1946年1月9日にサンディエゴに到着した。
4月29日、サンペドロを出航したペンサコラは真珠湾で第1統合任務部隊に合流し、クロスロード作戦(ビキニ環礁での原爆実験)の準備に入る。標的艦としての任務のため5月20日に真珠湾を出航し、29日にビキニ環礁に到着した。7月1日のABLE実験(B-29からの投下による空中爆発実験)および7月25日のBAKER実験(上陸用舟艇から吊り下げられた水中爆発実験)と2度の核爆発を耐えたペンサコラは、8月24日にクェゼリン環礁に牽引され26日に退役した。船体は放射線の影響および構造調査のため第1統合任務部隊に引き渡された。調査研究が完了すると、1948年11月10日にワシントン州の沖合で海没処分された。